奥さまの入院によって、緊急でショートステイを利用されたAさん。普段はデイケアを利用されていますが、できれば外部サービスは利用せず、ずっと自宅にいたいAさんにとって、いつ帰れるかわからない数日間のショートステイは、苦痛そのものであったに違いありません。
日が経つにつれて、「わしは家に帰る。」と言って杖を付いて歩き、施設から出て行こうとされることが何度も続きました。家に帰っても誰もおられず、その対応に苦慮していました。私たちスタッフの立場からすると、自分の置かれている状況が理解できない、少し手のかかる利用者さんといった見方をしていたのかもしれません。
その日も、何人かのスタッフが対応し、奥様が入院中だから家には帰れないと説明しますが、「そんな事はわかっている。一人でやれるから大丈夫。お前らには関係ない事だ。」と聞き入れてもらえず、施設の外へ出て行こうとされました。
仕方なく、私はAさんの後ろから一緒に歩き、しばらく付き合うことにしました。
Aさんは歩道に出ると、施設の隣にある病院をじっと見つめていました。奥様が入院されている病院です。私が「奥さんの所へお見舞いに行きますか?」と尋ねると、Aさんは首を小さく縦に振りました。おぼつかない足取りで歩いておられるので、車いすを用意しましょうかと提案しましたが、「大丈夫。自分の足で歩ける。」と言われました。数メートル進んでは、しばらく立ち止まって休憩し、それを何度か繰り返して、何とか奥様が入院されている病室までたどり着きました。
点滴治療をして少し調子が良くなった奥様と、夫婦水入らずの時間を過ごし、「私の体調が良くなるまでのしばらくの間、ちゃんと職員さんの言う事を聞いて、我慢して下さいよ。」と奥様になだめられたAさんは、目を閉じながら苦笑いをし、小さく頷いておられました。
奥様と話をして少し落ち着かれたAさんは、すんなりと施設に戻ることを了承され歩き出されました。途中、病院内の喫茶店をみつけると、Aさんから「一緒に何か食べていくか?」と誘われました。当然、丁寧にお断りをしましたが、「ところでAさんは、今、お金を持っていらっしゃるんですか?」と尋ねると、胸ポケットやズボンのポケットに手を入れて財布を探しておられました。財布がないことに気付くと、「そう言えば、持ってなかったな。」と、ばつの悪そうな表情をされ、「危うく無銭飲食になるところだったな。」と笑っておられました。私も「危うく巻き添えをくうところでしたよ。」と冗談を言い、二人で笑いながら病院をあとにしました。
病院から施設までの短い帰り道の途中、歩道の横にある垣根の所でAさんが立ち止まって何かを見ています。背後からその場所を見てみると、何匹かの小さな黒い蟻(アリ)が忙しそうに動いているのが見えました。
Aさんは私に向かって、「ほら、見てみろ。よく働いているだろ。こいつらは、誰かに言われて働いているわけじゃないぞ。よく子どもたちが、蟻を踏み潰したりするだろ。絶対にやってはいけないと、必ず叱っていた。こうやって自分の意志で働いている者を、潰してしまうことがあってはならん。」と話しかけてこられました。
事情はともかく、Aさんにとってみれば何があっても住み慣れた自宅で過ごすことが一番です。自分の意志として家に帰りたいと言い行動したAさんの気持ちを、私たちはどこまで理解できていたのでしょうか。奥様の入院中は家に帰る事ができず、その間、何とかショートステイを継続するしかない状況に変わりはありませんが、ご本人の意思を尊重した関わりが大切だと、改めて感じさせられた一場面でした。
Aさんが、そんなことを伝えたくて蟻の話をしたかどうかは定かではありません。
施設に戻ると「付き合わせて申し訳なかったね。ありがとう。」とお礼を言って下さいました。
・・・そして翌日、また、家に帰ると言って外へ出て行こうとするAさんの姿がありました。
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スペシャルサンクス
私の祖父は超がつくほど我儘な人でした。
好き嫌いが激しく。言うことを聞かない。頑固者。
でも、なんでも自分でできる人でもありました。
うどんやそばをうったり、絵を描いたり、尺八をしたり。
人の世話になるのが性に合わなかったのでしょうね。
そんな祖父も自分で出来ることが減り、
食事や生活の制限を設けなければならない中。
「こうちゃん、これ書いてくれ。」紙とマジックを僕に手渡しました。
以後、冷蔵庫の上段にそれを貼り、事ある度に眺めていたようです。
きっかけさえあれば、やれるんだ。と。
【わかってるね。功嗣】
さまざまな、希望(要求)に対して、3つの選択肢がありますよね。
①叶える ②抑え込む ③同等価値の別のものに置き換える
今回のレシピは、②→③→①の順で進み、解決したケースだと思います。
限りなく②を減らし、①や③の決定までのタイムラグを少なくしたい。
そんな気持ちで拝読しました。ありがとうございました。