私は約10年前、入職2年目で今でも心に残るような出会いをしました。
その当時私は、混合病棟(主に泌尿器科、耳鼻科、歯科)で毎日2〜3件の手術を抱え慌ただしく業務をこなしていました。
ある日、私は1人の入院を担当しました。(以下、その方の紹介)
・70代 男性(以下Aさん)
・膀胱癌の末期
・ADL(日常生活動作)自立
・認知症なし
・無口でやや気難しい(ご家族より)
ご自身で抗がん剤療法を選択し、入院後は毎日、抗がん剤による副作用(一番強く嘔気が出ていました)との戦いでした。治療が進むうちに、食への意欲がドンドン失われていくのが目に見えて分かりました。
Aさんの食欲低下を心配された奥様と、ある日、Aさんの好きな食べ物についてお話ししたところ“さつま揚げ”が大好きだという事を知りました。奥様もAさんに食べさせてあげたいとうお気持ちを強く話されていました。

数日後、私は奥様の了承を得て“さつま揚げ”を準備し、Aさんの反応を期待しながら奥様と一緒に病室に入りました。日中、ベッド上で寝て過ごす事が多くなっていたAさんでしたが、その時ばかりはスッと起き上がりました。
“さつま揚げ”を見た時の笑顔・・その後口にした時の笑顔と目に浮かぶ涙を今でも忘れる事ができません。Aさんは一言“ありがとう、美味しかった”と言ってくれました。

終末期に入っていたAさんはそれからしばらくして、容態が悪化し、二度と食べ物を口に運ぶ事はできませんでした。

Aさんが亡くなられた後に、奥様が医師へ“さつま揚げ”の一件を話されたようで、私は、その医師に“亡くなる前に、Aさんにさつま揚げを食べさせてあげたんだってね?でも本人が食べたい物を食べさせてあげられて良かったよね”と言われました。

Aさんを取り巻く環境(癌の終末期で抗がん剤療法中)を考えると、医師の許可なくAさんに“さつま揚げ”を持ち込んだ私の行為は、医療従事者としては適切ではないのだろうと思います。私も心の中で葛藤していました。
ただ、その後に奥様から“主人は具合が悪くなってからも、あなたが買ってきてくれたさつま揚げが美味しかったって言ってたわ、本当にありがとう”と声をかけてもらい、また医師より上記の様な言葉をかけてもらったことで胸につかえていた物がスッと無くなりました。

その後ですが、Aさんの奥様とは地域の様々な場面で交流があり、その度毎にAさんの思い出話に花が咲き、笑顔でお互いの近況を思いやる関係になりました。

従事者として何が大事で何を優先させるべきなのか、そこに自分の思いをどこまで込めても良い物かを考える機会を与えてくださったAさんと奥様に心より感謝しています。