男性利用者Aさん。
末期の腎不全。ゆくゆくは看とりケアの希望も含め、当施設に入所された。

入所当初は身辺動作に介助を必要とし、慣れない環境や生活に元気をなくしていたAさん。
少しずつ、環境に慣れ、次第にAさんらしい生活を取り戻していった。
「字が達者だったで、習字をやりたい」と習字クラブに参加。
昔の栄光が根強いのか、「こんな字じゃいかんな」と悔しさが溢れるものの、表情は活き活きと輝いていた。書き上げた習字はフロアに貼り出し、娘様の面会の際には、自慢気に見せておられた光景が印象深い。

 フロアのレクリエーションで習字を行った時も、「お手本がないので困っています」と職員が伝えると「俺が書いたるわ」と意気込んで下さった。利用者様と職員が共に習字を楽しんだひと時だった。

 生活が満たされてくると、不思議とやる気も増してくる。
身辺動作は自立し、排泄もアイテムは布パンツで対応できるようになり、夜間も歩行器を使用し、ご自身で排泄を済まされるようになったのである。
日常生活では歩行器歩行であったが、リハビリではT字杖で歩行できる程、元気になった。

 しばらくして徐所に状態は悪くなり、寝ている時間が増え、身体的不調を来たし始めた。
そんな状況の中でも、自身の書いた習字を見て「俺が書いたんだ」と誇らしげに言われていた。

 最期は、付添っておられた娘様のそばで、安らかに息を引き取られた。
当施設で過ごした最期の時期にAさんらしい生活を取り戻し、家族とも積極的に関わる事ができたのではないかと振り返る。

 Aさんが残してくれた「字」
《若手よ頑張れ》この字の裏側には、若い職員が利用者様の対応や日常業務に慌しく追われながらも、笑顔を絶やさず、利用者の声に耳を傾ける。そんな姿を朝日の差し込む窓際の席から眺められていたAさんならではの思いが込められているのだと感じた。
最期の旅立ちの際、「この字」と共に旅立たれていった。
これからもAさんが残して下さった思いを大事に、時に励まされながら、頑張っていこうと思う。